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住基ネット差し止め福岡訴訟に関わって

自治体情報政策研究所・代表 黒田 充

 住基ネットは憲法13条のプライバシー権を侵害するものだとして、国等に本人確認情報(氏名、生年月日、性別、住所、住民票コード、及び、これらの変更情報)の削除などを求める「住基ネット差し止め訴訟」が全国各地の裁判所で行われて来た。2005年5月30日には金沢地裁が「住基ネットは違憲」として住民側勝訴の判決を下したが、翌日には名古屋地裁が「本人確認情報の秘匿の必要性は必ずしも高くない」などと全く逆の判断を示し、これまでの成績は1勝1敗の五分となっていた。そして3番目が福岡地裁判決(同年10月14日)である。

 筆者は、福岡地裁がどのような判断を下すのかたいへん注目をしていた。一つには、金沢の違憲判決後の最初の判決―名古屋判決は金沢判決を聞いてから書かれたものではない―であり、合憲との判断が示されるにしても、どのような理屈付けが行われるかへの関心があったからである。そして、また、福岡地裁には原告側の要請により筆者自身が住基ネットの問題点を意見書として提出し、2004年12月には、その不必要性や危険性について丸一日を費やして証言を行っていたからである。

住基ネットによるサービスと必要性

 ところで、政府は、住基ネットによって、住民票の広域交付と転入転出手続きの簡素化、行政手続き等への住民票の添付省略と年金現況届の廃止、住基カード交付など便利なサービスが実現できるとして来たが、最近は特に、世界最先端のIT国家を目指す国家戦略「e―Japan戦略」の重点政策の一つである電子政府・自治体を実現するためにも、住基ネットは必要不可欠だと盛んに主張している。しかし、金沢判決は、こうしたサービスの必要性や理由付けの妥当性を詳細に検討した上で「原告らのプライバシーの権利を犠牲にしてもなお達成すべき高度の必要性があると認めることはできない」との判断を下している。

 以下、具体的に見ていくと、筆者は前述の意見書で、住民票の写しの広域交付と転入転出手続きの簡素化が全く利用されていない実態を数字を上げてリアルに指摘したが、判決は前者については「メリットを享受する機会がどの程度あるか疑問である」とし、後者については「そのメリットはさしたるものではない」と被告側のサービス論を看破している。

 次に、住民票の写しの添付省略について、判決は「住民一人一人の立場から見た場合、これらの負担解消の程度がささやかであることは否定できない」としている。これは提出が不要になる行政手続きは年間約2500万件と言われるが、「国民1人あたりで見ると1年あたり0・2件に過ぎず、5年に1回手続きをする程度であり、人生80年と考えれば生涯にわずか16回である」との意見書の主張と重なっている。

 では、住基カードについてはどうか。意見書は交付枚数が全く伸びず、カードの多目的利用(市町村条例に基づく独自サービス)も進んでいないが、それはそもそも住民が求めていないからであるとし、また、「自治体が発行する住民の身分証明書が住基カードでなければならない理由などはない」としたのであるが、判決は「必要があれば、各自治体でカードを作ればよいのであって、全国共通規格のICカードでなければならない理由は判然としない」と、住基カードの存在そのものに疑問を呈している。

電子政府・自治体と住基ネット

 電子政府・自治体の主要課題である電子申請を実現するには、インターネット上で確かな本人確認ができる電子署名とその正当性を保障する電子証明書を発行する認証サービスがなくてはならないとされている。2004年1月に始まった公的個人認証サービスは、こうしたサービスを自治体が「公的」に住民に提供するものである。

 電子証明書は、交付を受けた住民が死亡したり、住所・氏名が変わった場合は失効するのだが、公的個人認証サービスでは、電子証明書の発行者である都道府県(市町村は証明書の申請受付と交付)から委託された(財)自治体衛星通信機構の都道府県センターが、住基ネットの全国センターから死亡等の異動情報をネットワークを介して得ることで失効リストを作成する仕組みになっている。これが、住基ネットが公的個人認証サービスに不可欠であり、電子政府・自治体の実現になくてはならないとの政府の主張の理由である。

 意見書はこれに対し、「異動情報は、もともと市町村において住民からの届出によって作成されるのであるから、あえて住基ネットの全国センターを介さなくても、市町村から公的個人認証サービスの都道府県センターに、電子証明書の被交付者に関する異動情報のみ直接送れば事足る」ことや、電子申請には民間事業者による電子証明書も利用できる点、公的個人認証サービスでは外国人の住民にサービスを提供できないことなどを指摘したのであるが、判決も同様に、「失効情報を把握するためには、住基ネットを介さなくとも、市町村から直接提供を受ければ足りる」などとして、「公的個人認証サービスに住基ネットが不可欠であるとは言い難い」、また、外国人などが使えない点や民間事業者の電子証明書でも電子申請は可能であることから「公的個人認証サービスが必要不可欠であるとも言い難い」と政府の主張を真っ向から否定している。

 金沢判決は、こうした検討を行った上で、住基ネットの目的は「住民の便益」と「行政事務の効率化」であり、「住民の便益」とプライバシーの権利のどちらを優先するかは各個人が自らの意思で決定するべきものであり、「便益は、これを享受することを拒否し、これよりもプライバシーの権利を優先させ、住基ネットからの離脱を求めている原告らとの関係では、正当な行政目的たり得ない」と結論付けたのである。

 同時に金沢判決は、住基ネットの必要性について行政事務の効率化としての経費削減効果の面からも検討を行い、国の試算は「住民の半数が住基カードを所持することを前提としたもの」であり「参考に値しない」と切り捨ているが、これは意見書の「(国民の)半分が住基カードを所持していることを前提としているのである。開いた口がふさがらないとは正にこのことであろう」との主張と一致している。

必要性の議論を回避した福岡判決

 以上のように、金沢判決には、筆者の意見書の指摘と一致する部分が少なからず存在しているのだが、実は、金沢地裁には、福岡地裁への意見書の写しが原告側から提出されていたのである(もちろん意見書が判決にどの程度影響を与えたのかはわからない)。

 一方、福岡では意見書提出に加え証言も行い、さらに、その後、意見書の内容や証言に対する被告側からの反論と、これに対する原告側からの反論(筆者も新たな資料や補強意見を弁護団に示すなど可能な限りの協力をした)が数度にわたって繰り返され、住基ネットの必要性の有無などについて盛んに議論が交わされていたのである。だからこそ、筆者は福岡地裁に期待をし、当日は判決を聞くためにわざわざ傍聴席に座っていたのである。

 周知の通り結果は「住基ネットは合憲」、訴えは却下であった。しかし、原告側敗訴以上に残念だったのは、福岡地裁が意見書や証言だけでなく、原告と被告が闘わした議論に対しても裁判所としての見解を全く述べることなく、行政サービスの向上と行政事務の効率化という改正住民基本台帳法の立法目的を達成するためには住基ネットが必要と安易に断定した点である。こうした手抜き判決が許されるのなら、裁判所で審理を尽くす意味はなくなってしまうのではないだろうか。

 もっとも、これで住基ネットへの評価が確定したわけではない。控訴審も含め全国各地で裁判は継続しており、筆者自身の関わりもまだまだ続いている。福岡地裁への意見書の写しは証言記録とともに、大阪地裁(既に結審され、2006年2月9日に判決が予定されている)などいくつかの訴訟でも提出されており、また、複数の原告団から新たな意見書の提出や証言の要請も来ている。福岡判決へのリベンジも含め、金沢並みか、それ以上の判決を引き出すべく住基ネットの必要性のウソを今後も事実に即して暴いていきたいと考えている。

※ 黒田充が福岡地裁に提出した意見書と参考資料を収めたパンフレット(発行:自治体情報政策研究所)を大阪自治体問題研究所にて取り扱っています。必要な方は研究所までお問い合わせください。

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