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論説  強制合併を促す基礎的自治体論

西堀喜久夫・九州国際大学教授

西尾私案の一撃効果

 平成大合併ということで飴と鞭を使いながら市町村合併を進めようという政府の政策は実質的な期限である2003年5月を目前にして地域に様々な悲喜劇を巻き起こしている。

 合併特例法の期限である2005年度末までに合併するには法定協議会を遅くとも2003年5月までには立ち上げておかなければいけないからである。

 だからなんとしても合併協議会に持ち込もうとする地域の利権グループと地域を守ろうとするグループとの激しい論戦が続く。

 21世紀最後の公共事業のチャンスという飴、10年間は地方交付税交付金の減収補填するという不安解消策、合併派住民運動には様々な便宜と権利を与える翼賛運動の組織、交付税削減されて財政維持できなくなるという脅しアナウンスである。
 にもかかわらず、政府の掲げたようには合併は進んでいない。

 それは地方自治体が求めたものではなく、国の財政再建とそれに伴う地方交付税特別会計の赤字解消という財政合理化の都合によっているからである。

 そうしたときに小規模町村の自治を制限するという西尾私案が地方制度調査会専門小委員会に提出され、朝日新聞(02年11月2日付)によって大きく報道された。

 その後、ある町主催で県の合併推進室主幹と1時間ずつ合併必要論と不必要論を講演し、町民に考える素材を提供しようという町民集会が開かれ講演した。県主幹は合併の様々なメリットを説明したが、結局最後は交付税制度が改変され、小規模町村はいずれ財政破綻すること、小規模町村は再編成されること、政府の政策を前提にすれば行くも地獄かもしれないが、止まるも地獄だ、だからおみやげのあるいま合併を選択すべしという趣旨であった。

 西尾私案の実際的効果、しかも朝日新聞の大きな扱いは小規模町村には自治体としての自立の展望はないというメッセージとなった。

西尾理論と私案の距離

 西尾私案「今後の基礎的自治体のあり方について」のポイントは次のようである。ある程度の規模の職員集団、事務処理権限、財政基盤を持つものを基礎的自治体とする。それを実現するためには合併特例法の期限切れ以降も法律で合併市町村人口規模を示し、「さらに強力な合併を推進」する。それでも合併しない基準未満の町村には都道府県に事務を吸収、議員は無給などの措置をとる事務代行方式か、旧町村の名前は残すが周辺の市に編入し、その決定は知事がする編入方式のいずれかを措置をとる。

 つまり、基準以下の自治体は合併するか、自治体としての機能を失うかを選択しなさいというものであり、結局は合併せざるを得ないようにしているのである(注1)。

 西尾私案作成のいきさつについては現在行われている第27次地方制度調査会の第9回専門小委員会が10月24日に開催され、基礎的自治体、小規模自治体についての議論をふまえ、私案を提出するよう依頼され、その内容が報道されたということである。そこでの議論をみると総務省サイドはほぼ西尾私案に近い見解を提起しており、それに対して町村長会や地方自治体に関係している委員サイドは住民自治の実態をふまえた地方自治組織と行政のあり方が必要だとの批判を展開していた。西尾私案はほぼ総務省サイドの考えをオーソライズしたものとなっている(注2)。

 今回の西尾私案がやや驚きをもって受け止められたのは西尾氏の市町村合併の基本的考え方から相当変わってきたのではないかと思われる点があるからである。

 西尾氏の町村合併に関する考えは1994年段階のものであるが、消極説に立ちつつ、情勢をみて支援説も必要というものであった。

 西尾氏の説明によれば、消極説とは合併の気運が盛り上がってきたら合併すればいい、それ以上に国とか都道府県が音頭をとってやることは何もない、というものである。積極説は市町村の全面的な合併、統合を進めるべきで、平成の大合併をすべしというものである。その間に中間説があり、あくまでも自主合併であるが、合併は必要なので、合併をすればよくなるという状況を作り出すという飴を用意するというものである(支援説)。

 「私自身はどちらかと言うと、障害除去をしていればいいという消極説なのでありますが、しかし、いまの意見の大勢としてはそれではとても収まらない状況であります。せめてこの中間説の、合併を支援するセンでなければ全体の合意はできないという雰囲気が、地方制度調査会においても内閣の地方分権部会においてもありました(注3)。」

 西尾氏の立場は中間説ということになるが、それは現在の合併政策を進める総務省の立場とも重なる。 西尾氏は消極説に立つといっており、そこからみれば私案はどう見ても刃を突きつけての「自主合併」論になっている。自治体として否定するという意味でも、それを見せて合併を促進するという効果からみても強制合併論になる。

 西尾氏は審議会の委員としての「公人が公的な立場で行ったもので、個人の認識・意見ではない」と述べている(注4)。これまでの西尾氏の見解からはそうならざるを得ない。だとすれば、この公的な私案の持つ意味は総務省が強制合併の方向に大きく踏み出したことを意味することになり、これまでの総務省の公的見解を踏み越えたことにならないか。地方制度調査会ではまだ公的意志形成がなされない段階だから、公を私が代弁したのではなく、官を私が代弁しているというのが実情であろう。

全国町村会の私案批判

 これに対して地方制度調査会のメンバーである全国町村会は反対の意見表明をし、11月12日、小委員長に申し入れを行っている。

 町村長会の反論は1、基礎的自治体論について、2、強制的合併手法について、3、基礎的自治体に再編成されなかった自治体について、4、国土保全についての4項目にわたって展開されている。

 1については、小規模なものは能力がないと一方的に決めつけているが、実態に合わないし、分権の理念に反すること、地域の歴史や文化や地形や面積等を無視して、全国一律に人口だけで集約して数あわせ野自治体をつくる発想は経済効率・規模の拡大のみに視点を置いたものであり、政治的・行政的空洞化を招きかねず、いわば中身のない空虚な基礎的自治体をつくるだけであること、小規模であってもすべての自治体は基礎的自治体として位置づけられるべきであり、多様な自治体が共存しあえる地方自治制度であるべきであることなどと反論している。

 2についてはあくまで関係市町村の自主的な判断を尊重すべきであり、合併になじみにくい地域には「広域連合制度の改良・改善をはかった上で、その活用を検討し、将来的な合併機運の醸成をはかりながら、いわば穏やかな合併をめざすということも一つの手法として真剣に検討すべき」と主張している。 3は事務代行方式は地域の実情にあった個性豊かな施策はできなくなること、編入方式は到底容認できないとしている。

 4は私案は国土を守り、支えてきたのは我々であるという誇りを根底から否定するものであると批判している。
 「『私案』は財政効率、経済効率、規模の論理を優先することで貫かれており、地方自治・地方分権の理念に照らしても問題があるばかりでなく、総じていえば、人口規模の少ない町村を切り捨てるという横暴きわまりない論旨であり、絶対容認できない。」と結んでいる(注5)。

基礎的自治体論の自治観

 西尾私案の市町村合併政策という現実的政策への効果という面から検討してきたのであるが、基礎的自治体という考えの根本のところには地方自治体像を巡る問題がある。

 香山総務省審議官は基礎的自治体論提起の理論的根拠を説明している。日本の地方自治体行政の性格には自然村的な側面と行政村的な側面とがあるという。自然村的な側面は住民自治的ものであり、行政村的な側面は全国的一律的な行政がある。自然村的なものと行政村的なものは必ずしも一致しなくてもいいのではないか。しかも地方自治体の行政的なものは時代によって変化し、行政ユニットは多様になるから、それらの標準として基礎的自治体というものを考えることができる。そうすると住民自治の単位としての自然村的なものは無報酬の議員などによって運営されてもいいということになる(注6)。

 明治の大合併によってできた村は明治政府が上からの近代化を進めるために徳川時代以来の古い村を大規模に囲い込んだものであって、地域住民の運動によって実現したものではない。その意味で行政村と呼ばれるようになった。明治政府は地主を媒介にしながら、封建的自治の要素を持つ自然村を利用しながら、行政村を通して資本主義経済を発展させていった(注7)。

 しかし自然村の実態をなしていた共同体業務は、資本主義の発展とともに解体され、行政村に再編・統合されていった。今日あるのは前近代的な自然村ではなく、上からつくられた行政村(町、市)の単位である。しかもそれは単に上からの行政村ではなく、戦後憲法と民主主義的経験によって再編成された住民自治の単位となりうる村、町、市という名称を持つ現代の地方自治体である。

 基礎的自治体という考えの背景にある自然村、行政村という言葉の使い方は自然村が実体的に消滅している現代の地方自治体の性格を表すのに適切ではないと思う。

 また、行政は多様なユニットによって構成されるので、その標準的な単位を基礎的自治体としているのは、住民自治と行政を別個のものとしてとらえる発想である。それは住民自治と団体自治という二元的な構成物ととらえる伝統的考え方とも共通している。地方自治体は住民の暮らしの組織であり、住民の自治組織であって、行政はその一部なのである。

 行政の区域や業務は住民の暮らしと自治をより発揮するためのものであって、なおかつ住民の選択にゆだねなければ自治とは言い難いのである。

 基礎的自治体論は行政村=行政論を持ち出すことによって地方自治を行政論に矮小化し、強制合併論を合理化しようとしているといっても過言ではない。

 だからこそ、日々住民と接している、町村会や町村議長会は自治の単位として小規模町村が立派に行政を展開していることを訴えているのである。

 明治の大合併も昭和の大合併も国の都合による上からの強制的な合併であったが、その後住民はそれを自治の区域にするべく実践を積み重ねてきた。また、阪神淡路大震災は巨大都市のもろさと行政の機能不全を20世紀の教訓として残した。日本の地域づくりの優れた実践は町や村から起こっている。それを再び崩して、再興のために住民のエネルギーを徒に消費する時間的余裕はないのではないか。

注1 「朝日新聞」2002年11月2日付
注2 地方制度調査会専門小委員会第9回議事録
        http://www.soumu.go.jp/singi/singi.html
注3 西尾勝『未完の分権改革』1999年、岩波書店、21頁
注4 自治日報社「自治日報」3144号、2002年12月6日付
注5 全国町村会「町村週報」2419号、2002年11月25日
注6 地方制度調査会専門小委員会第9回議事録
        http://www.soumu.go.jp/singi/singi.html
注7 島恭彦『地域の政治と経済』、自治体研究社、220頁

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