プライバシーの侵害と社会保障制度の崩壊をもたらし、住民と自治体に過度な負担を強いるマイナンバー制度の実施延期と廃止を求める声明

2015年10月8日
大阪自治体問題研究所 理事会

 2015年10月5日、番号法(行政手続における特定の個人を識別するための番号の利用等に関する法律)が施行され、住民票を有する者すべてに個人番号の付番が行われた。政府は11月末までに番号を記した通知カードを郵送するとしている。そして来年1月には個人番号カードの取得希望者の交付が始まり、国の行政機関や地方自治体、健康保険組合、日本年金機構などによる番号の利用が順次進められる予定だ。

 マイナンバー制度の問題点は、大きく分けると二つある。一つはプライバシーの侵害である。日本年金機構から個人情報が流出した事件はまだ記憶に新しいが、マイナンバーで同様の事件が起きれば、同じ番号を多用していることにより「芋づる式の漏えい」が起きる可能性が大きく、また様々な組織が番号を扱っていることから流出元の特定が困難になるおそれがある。100%安全なセキュリティの実現は困難であり、政府がいくら対策は万全と説明したところで安心などできようはずがない。

 住民は、行政サービスなどを受けるために、その目的の範囲に応じた個人情報を市役所等の行政機関などに預けてきた。しかし、名寄せ(データマッチング)を目的に構築されたマイナンバー制度が始まると、個人情報は本人同意が曖昧なまま他の行政機関等でも利活用されることになる。こうした利活用は自己情報コントロール権を侵害しているおそれが大きい。さらに、マイナンバーによって集められた個人情報が、住民のプロファイリング、すなわち「あなたへの社会保障給付には意味があるのか。無駄ではないか」などと選別、ふるい分けにも使われる可能性は捨てきれない。

 二つには、目的の不当性である。そもそもマイナンバー制度の原型は、小泉政権が社会保障費の削減を目的に検討していた社会保障番号である。当時、政府は自己責任・自助自立をスローガンに、社会保障給付の「一律削減」から「個別事情による削減」へと転換を図ろうとしていた。そのためには正確な個人情報が必要であり、番号制度は個人情報を効率的に集める装置として、その導入の検討が開始されたのだ。安倍政権は、この考えを継承し、マイナンバーを銀行口座や不動産所有などの資産情報と結びつけ、社会保障の負担や給付と連動させようとしている。さらに特定健診結果ともマイナンバーを紐付けることにより、メタボ指導に応じたか否かで、国民健康保険の負担や給付を変えようという動きさえ出てきている。マイナンバー制度は、社会保障制度の原理を根底から覆すことになりかねない。

 また、マイナンバーには、扶養家族の所得や給与所得者の副業、子供のアルバイト等の正確な把握など、所得税法の違反を正す、すなわち徴税を強化する役割が期待されている。しかし、その一方、番号を駆使しても海外資産や海外取引の把握は困難だと国税庁自身が認めている。初期投資だけでも3000億円といわれるマイナンバー制度を構築し、生活苦の庶民の懐に手を突っ込むよりも、大企業優遇、大金持ち優遇の不公正税制の是正こそ必要ではないか。また、来年1月からは、税務処理などの必要から番号を雇用主に届けることを従業員は迫られるが、住民登録が消除されている人や、登録地と居住地が異なることにより番号通知が届いていない人は、告げることができず、雇用から排除される可能性すらある。

 先の国会で安全保障関連法が成立した。一般に戦争は「兵隊」だけではできない。医療関係者や技術者、輸送関係者も必要である。個人情報を集めプロファイリングし、「戦争遂行に必要な者」を国民の中から選び出すことに、すなわち徴用にマイナンバーが活用される日がやってくることも危惧すべきであろう。

 そして、財界奉仕である。マイナンバー特需は3兆円ともいわれ、関連する大企業がここぞとばかりに甘い蜜に群がり、まさにIT公共事業の体をなしている。同時に、経済界は、プロファイリングを活用したビジネス−例えば、だれが優良客であり、誰がリスキーなのかを判別する−に活用したいとマイナンバーの民間利用を執拗に国に迫っている。

 このように、問題を抱えるマイナンバー制度だが、利用開始を前に、すでに個人番号カードを含めその利活用の際限なき拡大が始まっている。6月30日には、カードを国家公務員の身分証、民間企業の社員証に使う、クレジットカードやキャッシュカード、ポイントカード、診察券の機能を持たせる、健康保険証にし、運転免許や医師免許、教員資格確認とも一体化する、番号と戸籍情報や医療IDともリンクさせる、こうしたことを盛り込んだ政府方針が、国民に知らされることなく閣議決定された。また、個人番号カードの職場等での一括交付申請や、カードを学生証にも使えるようにする、消費税引き上げに伴う「還付」ポイントにもカードを使う、さらにNHK受信料の徴収へのマイナンバーの活用という耳を疑うような話すら出てきている。もはやマイナンバーは暴走の域に達しているといっても過言ではない。

 さて、来年からは、先にも述べたように従業員は雇用主に自らの番号を届け出ることになるのだが、こうした番号を含む個人情報の管理や、漏えいに対する厳罰化が、中小零細企業や個人事業主にたいへんな重荷となっている。一方、マイナンバー制度を法定受託事務として担わされている市町村は、システムの改修やセキュリティの強化、住民への説明など過度な負担を背負わせている。また、国からの情報提供があまりにも遅いために、制度スタートを目前に現場では様々な混乱が生じている。

 8月のテレビ朝日の世論調査によると「マイナンバーを予定通り始めることを良いとは思わない」が54%をしめ、同じく読売新聞の調査では「国民に十分に説明しているとは思わない」が96%にも達している。また、同月の東京商工リサーチの発表によれば、資本金1億円未満の企業(約4,200社)のうち4割がマイナンバー制度への準備は未検討と回答し、完了・改修中は1割にも満たない。

 このような状況のもと、予定通り来年1月にマイナンバー制度をスタートさせるのは、国民の先延ばしをとの意思をないがしろにするものであり、またセキュリティの確保という点でも無謀であると言わざるを得ない。私たちは、マイナンバー制度の実施延期とともに、基本的人権侵害、生存権侵害の可能性が高く、憲法違反の疑いもあるマイナンバー制度の廃止を強く求めるものである。