理事長のごあいさつ
大阪から地域の再生を!

中山徹(大阪自治体問題研究所理事長

 大阪自治体問題研究所は、1973年、地方自治の民主的発展に寄与することを目的に設立されました。それ以来、大阪において民主主義と地方自治の発展、住民生活の向上を願う労働組合、民主団体、研究者や専門家、住民など広範な団体や階層と共同して黒田革新府政の維持・発展のために奮闘するとともに、80年代以降に強まる国と地方を通じた行政改革や財政合理化、公共サービスの切り下げ、公共負担の引き上げなどに抗して、調査・研究にもとづく提言や出版、白書づくり、大阪自治体学校や地方自治講座、シンポジウムなどの開催、機関誌『おおさかの住民と自治』の発行など、まさしく大阪における地方自治研究のセンターとしての役割を果たしてきました。

 かつてわが国が右肩上がりの経済成長を遂げていた時代、その光の影では高度成長のひずみが激しくなり、公害・環境問題の深刻化、住民福祉の立ち遅れなどに対し、その解決を求める国民の運動は全国的に革新自治体を輩出する結果となりました。なかでも東京都・大阪府・京都府・横浜市・沖縄県で実現した革新自治体は全国的にも注目を集める存在でした。当時、「日本の夜明けは大阪から」というスローガンが叫ばれるほど、大阪における民主運動の前進はめざましく、私たちの研究所もその一翼を担っていました。

 しかし、大阪はいま、橋下流自治体ポピュリズムによって、違った意味で全国的な関心を呼び起こしています。ポピュリズムとは、大衆の政治的熱気をエネルギーとして動員しながら「指導者」が「改革」を断行し、一定の政治的目標を実現する手法だと定義されます(山口二郎『ポピュリズムへの反撃』)。橋下流自治体ポピュリズムは、数十年来日本政治の底流に流れる強い官僚不信、公務員や教員・教育制度に対する不満や批判などを利用し、改めて自治体レベルから新自由主義的な「構造改革」を進める一方、強権的かつ人権無視の国民管理型統治機構をつくりあげようとしています。橋下「維新の会」は、いま「グレート・リセット(国家改造)」を最大のスローガンに掲げています。その意味するところは、憲法違反・法律無視の、およそ弁護士を職とする者として信じがたい「思想調査」アンケートを行おうとしたことに象徴されるように、「リセット」のターゲットにされているのは戦後の民主主義改革のなかで確立されてきた基本的人権、社会権や労働権にほかなりません。ポピュリズムの特徴は、国民や住民の間に意図的に対立を創り出し、一方を「税金をむさぼり食うシロアリ」、「既得権益」勢力に仕立て上げたうえで攻撃し、社会の本当の矛盾や問題から目をそらさせることによって、「改革者」がその政治的目標を達成しようとするものです。橋下「維新の会」が「目標」とするものは、新自由主義的な「自己責任」型社会、大企業には大きな道州政府・国民には小さな基礎自治体、教育基本条例・職員基本条例に象徴される強権的な国民管理型統治機構の実現にほかなりません。その本質は、坂本竜馬の「船中八策」にあやかったパロディ版=「維新八策」をみれば、明らかです。

 長年にわたる職員の不祥事や犯罪行為の頻発、市役所での裏金問題、カラ残業問題、職員厚遇問題、さらには解放同盟との不明瞭な癒着、利権・腐敗など、大阪市に多くの問題があることは事実です。こうした問題には徹底した解明と改革が必要なことは事実ですが、だからといって職員組合に対して不当労働行為をしてよいわけではありません。ましてや思想調査などは論外です。

 開発至上主義、競争至上主義に立つ橋下流「改革」に対しては、一方で危うさや強権性を危惧しながらも、そのスピード感や「発信力」に期待する声が大阪だけでなく全国的にも広がっていること新聞等でも報じられている。民主党政権に対する期待が大きかった分、幻滅もまた大きく、行き場を失った府民・国民の政治的エネルギーはいま橋下流の強権的「改革」に流れ込もうとしています。しかし、その善意の期待が満たされることは決してないと断言できます。橋下「構造改革」に比べれば、まだしも小泉「構造改革」の方がましだったと後悔する日が来ないよう、私たちは、いま最善を尽くす必要があります。

 私たちは、橋下流「改革」の本質、実体を解明し、広く社会に訴えるため、このほど「大阪発地域再生プラン研究会」を立ち上げました。これまで「大阪都構想と『国家改造』」「大阪経済の現状・課題と展望」「大阪府の開発戦略」「都市内分権を考える」「地域自治組織をどう考えるか」など報告を受けて、大阪都構想に象徴される橋下「維新改革」の本質と全体像、「維新」が問題にする大阪経済の「衰退」の現状・原因・背景について大枠の議論を行いました。今後、府市統合本部で予定する「ロードマップ」に対応して、本研究会でも各論の議論を行うとともに、必要に応じて個別課題についてプロジェクト・チームを設置し、調査・研究を深めていく予定です。この研究会に、できるだけ多くの研究者、専門家、公務労働者やその組合、住民や住民組織が参加し、橋下「改革」案に対する対抗戦略を練り上げていくことが望まれます。

 公益法人制度に係る法改正により、研究所も2012年4月から一般社団法人に移行しました。この機会に、私たちは先人達が築き上げてきた成果と伝統、研究所の役割に対する社会的な評価を引き継ぎ、さらにいっそう高め豊かにするために、奮闘しなければならないと考えています。幸いに、研究所にはいま、多くの会員からさまざまな意見や要望、期待や決意が寄せられています。橋下流の「維新改革」は、単に大阪だけのローカルな政治的動きにとどまらず、日本の将来にとっても憂慮すべき危険な擬似「改革」といわなければなりません。

 こうした時代であるからこそ、大阪の再生にとどまらず、日本全体の地域再生にむけ大阪から黎明を告げることができるよう、多くの公務労働者、研究者、住民の皆さんが研究所に入会され、叡智を結集してくださるよう心から訴えたいと思います。